セッティングの必要性
オートバイのエンジンは高出力であることと同時にコンパクトで軽いということが要求されます。このためコンパクトで機械的強度に優れるキャブレタが気化器として利用されています。
エンジンは空気とガソリンを取り込んで、内部で燃焼させることで動力エネルギーを発生させます。エンジンが発生させるエネルギーは、空気中の酸素とガソリンが一定の割合でムラなく混合されているとき、最も多くのエネルギーを取り出すことかできます。これを空燃比と呼びます。通常のガソリンエンジンでは理想空燃比は14.7:1です。キャブレタは吸入空気とガソリンを最適濃度で混合しながら、ライダーが必要とするエネルギーが発生されるだけの混合気をシリンダに供給するために重要な役割を果たします。
しかし、ガソリンの気化量は気温や湿度、気圧などの外的要因や、ライダーのアクセルの明け方などによって変化します。したがって、キャブレタが発生する混合気は環境要因やコースコンディション、ライダーの技量によって空燃比が変化します。
そこで、環境要因やコースコンディションなどの変化に合わせて、キャブレタが最適な空燃比を発生するように調整する必要があります。一般的にこのことを「キャブレタセッティング」または、「キャブセッティング」と呼びます。
環境要因によるガソリン気化量の変化
ガソリンを含めたすべての物質は温度や圧力によってその状態を変化させます。例えば、温度が上がると分子運動が活発になり体積が膨張し、圧力が高くなると体積は縮小します。一般にこのことは以下の方程式によって表現されます。
PV = NRT -- 状態方程式
P = 圧力
V = 体積
N = 分子量
T = 温度
R = 定数
この式は状態方程式と呼ばれます。ガソリンの気化量はその体積と見なすことができるので、この式は以下のように変形することができます。
V = NRT / P
つまりこの式から、ガソリンの気化量は温度に比例し 、
圧力に反比例することがわかります。
このことを実際のライディング環境に当てはめると、外気温が高いほどつまり夏の方がガソリンの気化量が多く、気圧が低いほどつまり標高の高い場所ほどガソリンの気化量が多くなります。反対に気温が低いほど、標高が低いほど、ガソリンの気化量が減少します。
また、燃焼に関わる酸素はガソリンに比べてずっと分子量が小さいため、ガソリンより温度や気圧の変化を受けにくいこともわかります。
以上のことから、外気温が高いときほど混合気中のガソリン濃度が高い「濃い」状態となり、外気温が低いとガソリン濃度が低い「薄い」状態となります。同様に気圧が低いほど「濃く」、気圧が高いほど「薄く」なります。
次は湿度の変化について考えましょう。シリンダーに吸入される混合気には酸素やガソリン以外に、空気中に含まれる窒素や水蒸気も含まれています。これらの気体はエンジンでの燃焼には直接関係ありません。しかし、外的要因としてこれらの気体の体積が変化すると混合気中のガソリン濃度が変化します。この結果、混合気の空燃比が変化します。
体積一定の中での混合気体の比率は以下の式で表されます。
1/N1 + 1/N2 + 1/N3 = K (Kは定数)
N1...Nnは各気体の体積
この式から、体積一定の空間の中では、ある気体の体積が増えるとその他の気体の体積が減少することがわかります。
このことをガソリンの混合気体に当てはめると、湿度が高く空気中の水蒸気濃度が高くなると、相対的に混合気中の酸素濃度やガソリン濃度が減少します。また体積変化の影響は分子量の大きさに反比例します。このため混合気中では相対的に酸素量の変動の方が大きくなります。
つまり、混合気中の湿度が高くなると、相対的に空燃比はガソリン濃度が高くなる、「濃い」状態になります。反対に混合気中の湿度が低くなると空燃比のガソリン濃度が低くなる、「薄い」状態となります。
まとめ
以上のことをまとめると、温度、湿度、気圧の変化に対する空燃比の変化は次のようになります。
低い 高い 気温 薄くなる ← → 濃くなる 湿度 薄くなる ← → 濃くなる 気圧 濃くなる ← → 薄くなる
口径
ロードレースやストリートライディングでの加速性能を向上させるため、キャブレタを交換して口径を大きくすることが行われます。「ビックキャブ」と呼ばれるものです。バイクのパワーアップ手段として、ロードバイクでは比較的安直に利用される改造方法です。このビックキャブにはどのような効果があるのでしょうか。また、不利な点はないのでしょうか。
キャブレタの口径を大きくすることによって、吸入抵抗を減らし混合気の吸入量を多くすることができます。エンジン側が増大された混合気量に対応して燃焼させることができれば、燃焼エネルギー増加にともなうパワーアップが期待できます。高回転領域を重要視するロードレースなどでは有効な手段と言えます。
しかし、高回転域をあまり利用しない用途では、キャブレタの大口径化はあまりメリットがありません。そればかりかキャブレタの大口径化はコントロール性の低下という弊害も引き起こします。
キャブレタの口径はキャブレタを通る混合気の流速と相関します。キャブレタの口径がエンジンの吸入量に比較して小さい場合、キャブレタのスロットルバルブを通る空気の流速は速くなり、口径が大きくなるにしたがって、流速は遅くなります。
このスロットルバルブを通る空気の流速が遅くなると、スロットル開度が少ない領域ではジェットからガソリンを吸い上げる力が弱く、安定した十分な混合気が得られません。また全閉状態から急激にスロットルを空けたときには吸入速度の変化が激しすぎてガソリンが気化せず、空気だけがシリンダに入って不正燃焼を起こします。この状態が「息つき」と呼ばれます。
アクセル開度の少ない領域でのコントロール性を重要視するトライアルでは、低回転でも安定した混合気が得れるよう口径の小さいキャブレタが使用されます。アクセル開度を大きく変化させることで姿勢をコントロールするモトクロスやエンデューロでも、同様にあまり大きな口径のキャブレタは使用されません。
市販オフロードバイクでは、吸入音を小さくるため意図的に口径の大きなキャブレタを使用している場合もあります。例えばKLX250では、レーサーのKLX250Rではφ32mmのキャブレタが使用されています。しかし、公道仕様のKXL250SRではφ34mmになっています。これはキャブレタ口径を大きくすることで吸入流速を遅くして吸入音を抑えているのです。従って、KLX250SRをエンデューロ仕様にする場合、キャブレタの口径は小さくすることがおこなわれます。
プラグチョップ
では、キャブレタで作られる混合気が適正な空燃比になっているかどうかはどのようにして判断するのでしょう。メーカーでエンジン開発する場合やワークスがセッティングを行う場合は、インテークポートにセンサーを付けて酸素量とガソリン量を測定する、「空燃比計」が使用されます。しかし空燃比計は高価で特殊な計測器ですし、オートバイに搭載して実際にコースを走ることはできません。この方法は一般的ではありません。
そこで、通常はプラグの燃焼状態からシリンダ内の空燃比を推定する方法がとられます。一般的には「プラグの焼けをみる」と呼ばれる方法です。シリンダ内部が正しい空燃比で燃焼している場合、プラグの中心電極(白い碍子)は茶色からキツネ色なります。混合気中のガソリンが少ない場合(薄い)、燃焼温度が高くなるため中心電極は白くなります。反対に混合気中のガソリン量が多い場合(濃い)、燃焼温度が低いために中心電極は黒く煤けます。
ロードレースではより正確なシリンダ内の燃焼状態を見るため、プラグ穴から細いライトを入れてピストンヘッドの焼け具合をみます。ピストンヘッドもプラグと同じように、燃焼状態を反映した色になります。
キャブレタのセッティングとは、実際に使用する環境でプラグが常にキツネ色に焼けるよう、各ジェットを選定する作業と言えます。しかし、実際に使用する環境でセッティングを出すのは容易ではありません。レーシングコースにはコーナーもストレートもありますから、スロットルの開閉度は一定ではありません。まして、市販車では季節や標高の変化にも対応する必要があります。
そこでエンジンが壊れない最低限の空燃比を調べる必要が出てきます。エンジンがもっとも過酷な条件となるスロットル全開で、適正な空燃比となるセッティングを探すわけです。この作業はメインジェットを大きいもの、つまり濃い状態から順に試しながら、全開走行を行ってプラグが白くならないジェットを選びます。空燃比が薄すぎるとシリンダ内の燃焼温度が上がりすぎ、「焼き付き」を起こすからです。この作業を「プラグチョップ」または、「プラグチョッピング」と呼びます。
プラグチョップはセッティングデータが全くない、新車をおろしたとき、初めてのコースに行ったとき、天候が大幅に変わったときに行います。このプラグチョップによってキャブレタセッティングの基準となるメインジェットが決定される同時に、焼き付きによってエンジンを壊してしまうことが避けられます。
各パーツの機能
キャブレタはたくさんの細かなパーツからなっています。それぞれのパーツはスロットル開度の各段階での空燃比を決定します。各パーツの機能と守備範囲は以下のようになっています。
パイロットジェット(PJ)
スロットル開度1/8以下での混合気濃度を決定します。一般的にはアイドリング回転時の混合気濃度を調節します。スロットル開度が少ない状態を重要視するトライアルや一般道でのツーリングではパイロットジェットのセッテイングは重要ですが、モトクロスやロードレースでは、季節によって調整する程度です。番号が大きいほどガソリン量が多く(濃く)なります。
エアスクリュー(AS)
パイロットジェットに流れる空気量を決定するバルブです。パイロットジェットで決定される低開度での混合気量を微調節するのに使います。エアスクリューを開くと空気が多く(混合気が薄く)なり、締めると空気が少なく(混合気が濃く)なります。なお、4stエンジンで使われるキャブレターではパイロットスクリュー(PS)が使われることが多いのですが、PSではすでに混合済みの混合気の流量をコントロールします。したがってPSはASとは逆に締めると混合気が薄く、開くと混合気が濃くなります。
スタータジェット(GS)
スタータプランジャ(チョークバルブ)を開いたときに流れる混合気濃度を決定します。一般的にはチョークと呼ばれるものです。現在のキャブレタでは、スロットルバルブの前に遮蔽板をおいて空気の流れを遮るタイプのチョークはほとんど使われません。かわりにエンジン始動にだけ使用する混合気通路が用意されています。この通路の空燃比を設定するのが、スタータジェットです。
スロットルバルブ(カッタウェイ)(CA)
アクセル開度1/8〜1/4の間の混合気濃度を決定します。カッタウェイとはスロットルバルブ下端の切り欠き部分をさし、この部分の切り欠き量、角度などで混合気濃度が決定されます。ロードレースなどで大幅にエンジンチューニングを行ったりした場合や、低開度域を重要視するトライアル以外には変更することはありません。
ニードルジェット(NJ)
スロットル開度1/4〜1/2迄の間の混合気濃度を決定します。スロットルバルブの開閉に伴って上下するジェットニードルがニードルジェットを出入りすることで混合気量が変化します。ニードルジェットによって決定される領域は一般的に中速と呼ばれる領域で、オートバイのスロットルコントロールにもっとも影響する部分です。ライダーの感覚として一番気になる部分です。番号が大きいほどガソリン量が多く(濃く)なります。
ジェットニードル(JN)
ニードルジェット内を出入りすることで混合気濃度を調節します。ニードルの先端と基部の太さ、そのテーパー比でスロットル開度に対する混合気量が変化します。ニードル上部にはサークリップリングで止める溝があり、このリングの位置(フリットと呼ぶ)をずらすことで混合気濃度が微調節できます。
メインジェット(MJ)
スロットル開度1/2〜全開までの混合気濃度を決定します。一般的には高速と言われる領域です。メインジェットはエンジンパワーを最大限引き出すために重要なジェットです。メインジェットはニードルジェットの下に付いています。番号が大きいほどガソリン量が多く(濃く)なります。
パワージェット(PWJ)
スロットル開度2/3〜全開の領域の混合気濃度を決定するジェットです。幅広い環境で最適なセッティングができるようにメインジェットを補う形で使用されます。市販車のキャブレタには多く使用されていますが、ロードレーサーやモトクロッサーでは、メインジェットによる全開領域のセッティングを正確に行うためあまり使用されません。パワージェットはメインジェットを補うために使用されるので、一般的にはセッティング変更は行いません。
実際の空燃比は各パーツによって明確に決まるわけではなく、相互に関連しあっています。このため、ある領域のセッティングが決まったがそのために他がずれるということがおこります。実際のセッティングではこの点を考慮してセッティングしていく必要があります。
ジェットの守備範囲
+-------------+-------------+-------------+-------------+
PWJ | | | ..+=============+
MJ | | .....+=============+=============+
NJ+JN | .|..===========+.. | |
CA | ..======| | | |
PJ+AS |=======.. | | | |
+-------------+-------------+-------------+-------------+
スロットル 全閉 1/4 1/2 3/4 全開
注) 図は模式的であり、正確なスロットル開度とは一致しない。
外部要因の変化に対するセッティング
まとめとして、外的要因の変化によるセッティングの変更点をしめします。
ジェット番号 低い 高い 気温 大きくする ← → 小さくする 湿度 大きくする ← → 小さくする 気圧 小さくする ← → 大きくする
キャブレタセッティング 基礎編 #